湯畑みたいなところです。やっぱ夏に行ったらとんでもなく熱いんですかねえ。草津はいい!!なんといっても温泉施設のほとんどが無料で入れちゃうから!!無料です!!無料無料~!!!!わっはっはっは!!!!(入りすぎにご注意)
白根山をひたすら下り、長野県を通り、新潟県へ・・・。ついにやってきた「親不知」。どうやら名所らしい・・・、がそこは危険な名所であった(むかーしは)!!今は道路が出来て誰でも気軽に通ることができる・・・、とは言ってもそれはお車のお話でして、こんなに危険な道と知っていたらかなり遠回りしてでもこの道は避けるべきである。ここはお車で通るのが一般的(当たり前)で、自転車なんぞ(それもママチャリ)歩道もないし道は狭いし大型のトラックわんさか通るしで危険(カナリ)危険(えなり)かずき!!ぐらい穏やかで、走りやすい道ではありませんでした。
ワシは本当に死ぬかと思った。この度めでたく白根山の次に絶対二度と通りたくない日本の道ベスト10に選ばれた。
うまそ。でも店閉まってやんの(ちくしょー!!)。そこらへんを自転車で乗り回していた少年どもが「ここのたいやきスッゲーうまいんだぜ!!」って自慢してた・・・。まじかよー!!ガーン!!いつかまたここに来る日がきたら、ここのたいやきを頂きたい。
はじめ東尋坊に着いたとき「なんだここ?なにが名勝だよブツブツ・・・。」と思っていた。でもね~、よーく見るとその凄さがヒシヒシとわかりはじめてくるのよ。なにが凄いって?そんなん来た人にしかわからないっしょ!!
日本三景のひとつ「天橋立」。ひたすら海側走っていたら着いちゃった。ロープウェイで山を登りガッタンゴットン。空を海と見ると、その空には空中庭園に上る橋。なので天橋立(だったけか?)逆さまにしてみると・・・、まっそんな感じです。
伊根の町は東京奥多摩に似ている。京都にあるし・・・、奥伊根もあるし・・・。なんだか不思議なところだった。山は猿がたくさんいるし・・・、道路には猿の集会やってるしさ。糞がそこらじゅうにありまたブリブリ。
あ~、不覚。傷は深くアゴを5針縫いました。島根県に入ってすぐ、山道を下っている最中、あまりに朝日が素晴らしく、空が虹色に輝いていたときのことだった。わたしは自転車で下り坂を余所見しながらピューーーーーーー・・・・ガチャゴン!!!!歩道の縁石に前輪を引っ掛け、なんとか体勢を整えようとがんばったその間約2秒。コンクリートの地面にアゴから直で突っ込みました。痛い・・・、痛い。血がボタボタ出てくる。あ~、これは夢なんだよねきっと。夢だ、夢なんだよかった~。自分にそう言い聞かせ現実逃避。それでも自転車はなんとか無事で、なにもなかったかのようにまた走る・・・、がやっぱり痛い。口も開かないのだ!!舌をグリグリ口の中でまわしてみると、歯が!!歯が折れとるやン!!イカンイカン!!い、医者ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!病院の気配なし。ここは島根の入り口。希望をみるのはよそう。ただただひたすら走り続ける。・・・走り続けて10km。道の駅にたどり着き、テレビをみて北朝鮮がミサイルを撃ったというニュースをみて、やっぱりこれは夢なんだ・・・、夢じゃないのに(涙)そして恐る恐るトイレの鏡で自分の顔をみる。ドキドキ・・・、ホッ。意外と普通。でもアゴの肉がぐちゃぐちゃに潰れとる。やっぱ医者に行こう。それから20km走り、道沿いに外科病院があったので治療してもらいました。それから痛みは2週間も続いた。口が開いたのは3日後の朝。食べれることはこんなにも素晴らしいことだとこの歳で思い知らされた。
どうしても広島に来たかった。なんとしてもここに来たかった。ここはこの旅の目的のひとつであった。なにも知らなかった。きれいごとだけを学校の授業だけで知らされてきた。誰も教えてくれなかった。なぜ起こったのか?なにが起こったのか?それはまるで夢のようで、なにが起こったのか知る由も無かったに違いない。
なぜかアフターから撮ってしまった。二枚の画像を比べると、原子爆弾の威力の凄さがわかります。木造の建物はすべて焼き尽くされ、まさに焼け野原。一瞬でなにもかも拭き去ってしまったのですね。
平和記念公園。平和記念・・・。平和を記念してつくられた公園なのか?考えることが多くなったせいか、複雑な想いが心を過る。歳のせいか・・・、私が今よりもっと若い内にこの場所に来ていたら、今よりもっと平常心でこの公園を歩いていたに違いない。
一切の冗談が通じないところと言えばすぐにここが思い浮かんでくる。聞けば広島に滞在していた朝鮮人約2万人以上の人が原子爆弾で犠牲になっとと言う。わたしははじめてそのことを知った。原子爆弾の犠牲者は日本人だけじゃなかったことにただただ衝撃を受けました。
これがあの有名な・・・。来たのはいいが、ついさっき温泉に入ってきてコインランドリーで洗濯しようとして、お金を入れても機械が動いてくれなくて、コインランドリーの業者の人を呼んで、その人が来るまで近くの屋台のアイスクリーム屋さんで伯方の塩ソフトクリーム買って、店のお兄さんといろいろ話していて、ついでに非売品の新宿伊勢丹にも売っていない伯方の塩「ミネラルなんとか?(名前忘れた)」を貰い、おおいに満足しておりました。塩ソフトクリームめっちゃめっちゃうまいやん!!お兄さんにタダで貰った伯方の塩限定ミネラル塩だが、この旅を終えて家に帰ったとき早速使ってみたが、うまいのなんの!!ステーキにこの塩を振るだけでプロの味!!このときなんだなあ、塩で味が変わると実感できたのは。わたしはこれより勝る塩にまだめぐり合えていない。それほどの塩だった。塩をくれたお兄さん。ご親切にどうもありがとうございました。
この道は忘れられない道のひとつである。見渡せば海、遠くには山、後ろにはみかん畑、そして変態の私・・・。向こうに見える山々は九州宮崎県に繋がりそうな、届きそうな地形である。地図で見るとその場所がわかると思う。
厄除け厄払い専門(?)の寺。階段に一円玉を置いて一段上がり、次の段に一円玉を置いてまた一段・・・、それを繰り返して本堂に着く頃には厄が祓われると言う。わたしもやってみました。
はなしは変わるが一日でここまでやってきた人がいらっしゃいました(もちろん車で)。そうとうな暇人。ワシも人のことは言えんが。
徳島県にあるスーパーで買ったカツ丼です。写真ではその大きさが伝わりませんがかなりのチョービッグです!!チョービックです!!チョービックです!!しかもうまいのよ。それに安い!!文句のつけどころが無い~!!ご飯だけでなくメインのカツも大きくてブ厚くて弁当のフタ盛り上がってるやつなんだけど上までピチピチだったもんね。これにはさすがにビビったね。
昨日はもの凄い雨でしたね。ワタシは大三島にある大きな神社の片隅、開放的で広々としたお部屋を勝手にお借りしました。ちょうどテーブルも用意されているではないか~!!これを見つけたときここだ!!って思いましたね。
この次の次の島を越えた辺りになるのかなあ。尾道はもう目に見える距離にある。尾道に着く前の最後の橋で、自転車のタイヤがはじめてパンクしました。パンクというか、タイヤがすれてすれて破けた状態になりました。おお~!!パンクすることなくタイヤが破けるとはいかなることじゃ!!タイヤくん、君はとってもがんばってくれたよ。それからすぐに自転車屋でタイヤは交換され新しいタイヤへと進化した。かと思われたが新しいタイヤくんはパンクがお好きのようで・・・、しょっちゅうパンクパンク。意外な支出が増えていくことになった。
大阪の中心街にある大きな公園です。東京で言う芝公園のようなものですかねえ。ワタシここで本気で寝ようと思い、近くの酒屋で買ってきた梅酒を・・・、この広場に入った途端、「パリン!!」見事に手からスルリと抜けまして瓶を割りました。地面には飲みたかった梅酒。地面を啜る訳にはいきません。そんなことしてはいけません。なんとか寝ようとベンチでボーっとしていたら蚊に刺されました。痒いのでわたしは自転車を漕ぎ、この日大阪を去りました。
ここにひっそりと清流が残されています。そして村の人たちもこの清流を守っています。川はそれほど大きくはないですが、最後の清流と言われている四万十川より透明度はあるのではないでしょうか?(四万十川上流に行っていないので定かではない)四万十川の水はコケ臭かったけどここは・・・、んまかった!!
三重県はとっても素晴らしいところでした。川は透き通るくらい綺麗で大自然が広がり水も空気も最高においしかった。だがそれもここに来て・・・、それはまるで夢だったかのように崩れていきました。表があれば裏もあるとはまさにこのことでした。ここに来てからは息も吸いたいと思えないほど汚れきっていた。夜中だからなおさらだったのでしょうか?ここに住んでいる人には申し訳ありませんがとても住めるところではなかった。これらの工場は本当に必要なものなのか?ここに来てから、今もずっとそのことばかりが頭を過ります。